NY百花繚乱 -   終活四方山話し

 

今朝のクローズアップ現在で”遺譲”と言う聞きなれ無い言葉を聞きました。最近は”断捨離”などと言う言葉も飛び込んできます。何となく言葉のイメージでその意味が浮かんできますがどれもこれも我々団塊世代が身近に迎える事柄ばかりなので身につまされます。まぁ、家族を持た無い者にとっては法的にきちんとした準備をしておくに越したことは無いと現実問題として取り組んで行こうと思っております。

10月で今住んでいるこのアパートのリースが切れますので要らない物を処分するにはチャンスです。今月いっぱい迄はのんびりして10月に入ってから本格的に腕まくりして片付けに取り掛かる積りです。要らない物は捨てるか寄付するかを選別する(これがなかなか大変な作業)、いっそ目隠しして全部捨てると言う選択肢もあります。聞くところに寄ればあの石田あゆみさんは身辺を全部処分されたそうで友達が来ると自分のコップを持って来てくださいと言うほどの徹底ぶりだそうです。もうそうなれば達人と言うよりか仙人の境地になられたのかと心底尊敬します。なかなかそこまでは凡人は徹底出来ません。やはり自分の好きなモノには執着があります(人間には余り無いのですが)。

中犬サイズの犬を飼いたいと思っているのですが一旦飼いだすと執着の権化になるのでは無いかとこれも飼う前から不安になってきます。ひとり暮らしは人と話す機会も少なくなるのですからペットの犬と会話するって想像しただけで嬉しくなります。ワンちゃんは吠えても文句は言いません、余計な当てこすりや愚痴も言いません。そこに存在しているだけで充分です。サイズも小からず大きからずがいいですね。病気の時に私が抱きかかえられる重さがいいです。短毛であること、見た目の可愛い犬はダメ、ブス犬かそうでないかの見極めが難しいと言うのが理想です。マッチョタイプが好き、ボストンテリアなんかいいですね。ジャックラッセルもいいけどテリア種はどうしてもハイパーだから運動量が半端で無いところがありますので慎重に候補を考えます。犬の中でいちばんインテリジェンスなのはプードルだと聞いたことがあります。でもあれは毛が長いからダメ。いちどフサエさんと冷凍の魚の山を猫を50匹ほど飼っていたおばさんの家に運んだことがありましたが、もうどこを向いてもネコネコネコの異様な世界でした。私はネコアレルギーがあるので早々に退散しましたがやはり私は犬派です。私の言うことをちゃんと聞いてくれる、そして何時お散歩に連れて行ってくれるのかじっと待っているワンちゃん、もう私は名前まで用意して自分の気に入った犬を待ち望んでいるのです。でも殺処分のされる犬を思うとそれは犬にとってのアウシュビッツなので救ってあげたいとも思っております。殺処分される犬の保護団体がネットでそんな可哀想な犬の里親探しの活動をしているのでしょうか。アレ、終活についての話しが犬の話しになってしまいました。終活を犬の里親探しに捧げてもいいではないか、と思えてきました。まぁ、この問題はゆっくりと考えみます。