NY百花繚乱 -   我が朋友 みどりさん

 

みどりさんと昨夜彼女を見送りする車の中で話したのですが彼女がNYに来られたのは60年代初頭の頃だそうです。詳しくは聞きませんがたぶん学者であったご主人と一緒に来られたのではないかと推測します。祖母が何々小町と呼ばれたほど大変な美人だったそうです。何でも先祖が九鬼海軍の流れをくむ家柄だったとかでその小町婆さんは父親から田舎出の書生と無理やり結婚させられたそうです(斎藤茂吉の話しと同じ)。みどりさんがNYに来てからも昔の小町婆さんを知る人がいてその美人ぶりが話題になったほどだったそうです。

終戦の年は彼女がちょうど10歳。小学校の帰り集団下校していたらちょうどB29が連隊を組んで焼夷弾を子供を狙って打ち込んで来たそうです。いつもなら神社か近くの山に逃げ込んだそうですがそんな余裕が無く皆で田んぼの中へ逃げ込んだそうです。パイロットの顔を認識出来るほどの距離だったとかで、やっと襲撃が終わり立ち上がったのはみどりさんともう1人の級友だけが生き残ったそうです。自宅に帰りそのことを母親に伝えたら、お母さんの返事は”あぁ、そうか”だけだったとか、死が日常の身近なことだったので国民全体が人間的感情を殺してしまわないと生き延びて行けない、敵も味方も然り。みどりさんはまたこんな話しもしてくれました。ちょうど高校野球の終了の時に鳴るサイレン、あのサイレンの音を聞くと今でも無意識に体がドアの方に向かって勝手に行ってしまうそうです。10歳の女の子は戦争の始まりから終わり迄ずっと見つめていたのです。

昨日のフリマでみどりさんはメット(Metropolitan Museum)でお相撲さんが三人歩いていたそうで周りのアメリカ人が皆写真を撮っていたそうです。みどりさんはメットのテキスタイル修復部で25年間働いてリタイアした人で今でも毎週月曜日にメットで翻訳のボランティアに行かれてます。みどりさんは大先輩なのですが同じ関西出身なので仲の良い友達としてフリマを手伝って下さってます。そのお礼は私が作る手料理の数々です。私はいつも大量に作るのでとても食べきれずみどりさんに差し上げても結局残って捨ててしまうことがあります。これからは冷蔵庫お掃除助っ人に若い日本人の青年も加えることにします。残りもんだと言えば相手も気が楽でょうから。

みどりさんは9月6日から2週間ルーマニアに行く予定で来年ルーマニアで開催される日本とルーマニアの衣類の歴史展の下見だそうです。彼女の元同僚が企画してみどりさんは共同企画者としての訪問だそうです。

みどりさんは本当にお元気で歩く速度もとても速く私なんかいつも遅れてしまいます。来年はみどりさんと一緒にルーマニアに行きたいなぁと思っております。

 

じっとしているのが嫌いだそうでとにかくコマねずみのごとく動かれます。

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昨年のフリマでのみどりさん、今年は場所が変わって同じ側ですがもっと左寄りになってしまいました。サブウェイが通ると轟音で会話が途切れます。