NY百花繚乱 - 今日が最終日

先月の子供の日から今日でこのブロードウェイ、マーケットとおさらばです。最初はガンガンとうるさい音楽にカリカリしてヘッドフォンを買ったりしてましたが次々と思い浮かんで来る過去との邂逅のお陰でうるさい音楽も気にならなくなったのですから不思議です。自称有名デザイナーと大喧嘩したり、ドクロが叫んでいる一対のものを私のすぐ横に置いていたバイブル女、それにサイボーグ女、ちなみにこのサイボーグの名前はロンドンと言うそうです。隣りのチャイニーズのアグネスが最初彼女に名前を聞いた時にロンドンと言うのでアグネスが”I am CHINA”と答えたと言うから私は思わず大笑いしました。バイブル女は私がまだ移って間もない頃に彼女に値段を聞いたら、今バイブル読んでいるから話しかけるな”と言われたのでバイブル女と私が命名しました。何時も半裸状態のドレスを身にまとってます。二度ほど彼女に話しかけたのですが何故か私の横に何時も移動し片手で私の背中を撫でながら話すので気色悪くなって以来話してません。体を触られるのは気持ち悪いです、たとえ同性でも。きっと彼女はゲイでしょう、最初私が移ってきた時背の高い若い女の子が手伝ってました。ハッキリ言ってこちらの女のゲイは料簡の狭いのが多いので私は好きではありません。それに比べて男性のゲイは優しくて繊細な人が多いです。ハンプトンやケープコッドのPタウンなどの避暑地はどこもかしこもゲイがいっぱいです。

81年の夏にSFに来た時にシンシアだったかヌーディストビーチに連れて行ってもらったことがあります。ゴールデンゲート近くだった記憶があります。勿論私は着衣のマハです。それでヌードになっている連中を観察していたらひとりのオトコがビーチに寝そべっている連中のイチモツをジッと眺めながら物色しているのを発見して実に面白かったです。臆面も無くよーあんなことやるなあぁと感心しました。あの頃はまだエイズが世間に公表されていなかった時代です。SOHOに長年お住まいの東京育ちのご夫婦は東京オリンピックの頃にNYに来られたので60年代のビート族時代もご存知でしょう。昔はまさにニューヨークもビレッジそのもので玄関の戸も鍵を掛けないで生活出来たとも誰かから聞きました。アメリカは50年代、60年代ともっとも輝いていた時代です。私は中学生になって初めて英語の教科書を開いた時、Jack & Bettyが登場しSoda Fountainが出てきてどれほどそれらに魅惑されたことか。中学生の頃にミネソタ州のレベッカさんと私は文通(懐かしい)してました。いちど郵便配達員が間違って大型の封筒を我が家に届けました。その宛名は隣の区でしたが差し出しはコネチカット州のイエール大学からでした。私にはその封筒がまるで総理大臣賞にも優るぐらい光って見えました。50年代から60年代にかけてこちらに来られた方々は私の知り合いのご夫妻を含めて皆さん大変なインテリジェンスをお持ちの方々ばかりです。フルブライトなどの官費留学か私費留学しか来れなかった時代です。当時の方々はまだ敗戦の陰を引きずりながらも日本の国を背負って頑張り続けてこられた大先輩達ばかりです。

ニューヨークって悪女の深情けと言おうか、この街の魅力に取り憑かれたら本当に厄介なんです。でもここはニューヨークです、歌にもあるようにニューヨークニューヨーク。ここはアメリカでも特殊な街でニューヨークを見てここがアメリカだと思ったら大間違い。”心臓の鼓動が何時も聞こえてくるような街”と私は聞かれれば何時もそう形容しています。深情けの悪女とはこれからもしばらく別れられないでしょうね。

あぁ、いい曲が流れてきました。グロリア、ゲイナーの I will survive です。聞きながら私は ただただ愛おしい、すべてが本当に愛おしい、じっと感慨にふけながら聞き入ってました。

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