NY百花繚乱 - 私の流儀

私は鼻息はかなり強い方だと自他共に認めます。そして他人に要求するのはかなりの程度大でありますが私自身かなりいい加減人間かつ何事に関しても大雑把であります。どのくらいいい加減かと言うとまず整理整頓これが出来ません。これは他人に迷惑を掛けるわけでは無いので自堕落な私生活に安住しております。たまに友人を食事に招待するとなれば朝から大掃除をしないといけません。積み上げられた郵便メールの山はまだ封筒を開けて無いのがかなりあり、読みかけのフリーの日本語新聞があちこちに散らばってます。結局、友人がやってくる夕方には時間切れとなってリビングルームに無秩序に散らばっていた雑誌、新聞、ヨガマット、洗濯物、靴、下駄、買い物袋、etc.は全部そのままベッドルームに引っ越しとなります。リビングルームは何とサッパリしてまるで禅道場のごとくです。今までのカオスが嘘のようです。どうやら私は母のDNAを受け継いだようです。私が幼い頃、母は何時も父が帰って来る10分前に猛烈な勢いで部屋を片付け、子供ながらその早業はまるで魔法のようだと思いました。

ところがこんな私にもひとつ自慢したいことがあります。それは信じて貰えないかと思いますが、計画魔だったのです。中学時代からまず勉強の大まかな計画を立てます。2週間ぐらい先の予定でしなければいけない事項をまず箇条書きにしてリストに書き出してゆくのです。それでそのリストの中から優先順位別に1週間先の月曜日〜日曜日までに細かく時間を区切って書き出してゆきます。項目別におおよその時間が予測出来ますので為すべき事項を書き入れていきます。そしてその計画書に沿ってやり終えた事項は横線を引き、完遂出来なかった事項は丸印をして、また新たな1週間の計画を立て直します。これをいちいち修正して日々予定を新たに書き直すのです。この習慣は私が骨董の世界に入って何もかも独りで切り盛りしないといけない時に大変役に立ちました。とにかく段取り良く仕事をこなす為に優先順位が常に頭の中に入っています。そして忘れてはいけない事柄なども全部書き出します。この習慣は実にマメにやってました。こちらの客は長々喋ってばかりで平気で何も買わないで出て行くのがかなりいますから、その結果常に私の予定表は書き換えられることになるのです。

いい加減人間が服着て歩いているようなこの私ですがこれはちょっと偏執狂的と言えるほど拘ってほぼ半世紀近くやってました。猪突猛進、行き当たりばったりの我が人生なのですがこのように裏では緻密な日常が繰り広げられていたのであります。

現在はもう計画書など書く必要がありません。恥は充分掻いてきまし後書くことはエンディングノートぐらいでしょう。計画書を書かないで済む毎日は日々開放感に充ちております。自縛から解放されて毎日好きな音楽を聴いたり、本を読んだり、料理したり、映画を観に行ったり、ミュージアムに行ったり、誰にも遠慮せずに自由に行ける。自由と楽しみは自分で作り出すものだったのですね。

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2016年、日本クラブで個展をされた朱鳳さんの書