NY百花繚乱 - サイコの世界

2013年の3月から2014年の6月迄私はサグハーバーのヴィレッジにある小さい一軒家を借りることにしました。ロバートが居る家に帰りたくなかったので借りることにしたのです。おりしもゼルダと言う婆さんが借り手をずっと探していたので彼女の家を借りることにしました。彼女は私の店にたまに来るぐらいでしたが日本のモノがたいへん好きなようです。時に日本人の友達を伴ってくることもありました。彼女が週末にヤードセールをしていた時にカーディガンとか小物をいろいろ買ったこともあります。そして何がきっかけだったか思い出せないのですが彼女のSOHOのアパートに何回か泊まらせて貰ったこともあります。私はお金を払うと申し出たのですが彼女は受け取りませんでした。彼女はロシアンジューィッシュで、NYには結構ロシアンジューの人がいます。きちんとした教育を受け教養も充分ありそうな方に見えました。私はその年の4月初旬にNYに戻る予定だったので彼女の家は4月から借りたい旨メールしました。でも彼女の返事は3月1日からでないとダメだと言うのです。それで私はやむなく条件を受け入れてデポジットと最初のレントの二ヶ月分の支払いを近くに住む友人のKさんにチェックを預けていたのでその友人に頼んでcheckを届けて貰います、と返事すれば彼女からノーと言ってきました。チェックを日本から送れ、言うのです。それで送ったところ一週間経っても届かないと大騒ぎです。結局10日ほどで届いたそうですが、今思い出してみると、それ以前から予兆はあったのですが私が気付かなかったのです。

それは2012年の9月初めのレイバーズデイに彼女がヤードセールをすると言うので私も自分の売りたいものを持って行って彼女のバックヤードで一緒にやることになりました。何事にも超几帳面な婆さんなので重たいモノを物置小屋から出したり入れたりするのは私の役目です。それで一応品物を出したのはいいのですが、婆さんが私にピローケース2枚のうち1枚を彼女が何か他のモノにしようとしたのか横の縫い目が全部解けいるのを私に縫って欲しいと言って年代物の素晴らしいシンガーのポータブルミシンを出してきたのです。聞けば婆さんが学生の頃に親から買って貰ったと言うのですから60年以上の年代ものです。しかし、ミシンなど使い慣れていれば問題ありませんが使ったことが無いミシンを急に使えと言われてもどうしようもありません。そしたら婆さんは説明書を読め、と言うのです。日本語ならともかく小さい字でしかも英語です。辞書引きながら読んだら日が暮れてしまいます。私は悪戦苦闘して2時間もかけてやっとピローケースの横を何とか縫いました。すると婆さんはそのピローケース二枚を畳んでリボンを掛けプライスを3ドルから5ドルに書き換えました。私の労働対価なる2時間はたった2ドルです。しかもこのピローケースは売れずに最後まで残ってました。

この話しを後日シンシアと彼女のハズバンドのアーサーにしたら彼からこう言われました”3ドルで買っとけば縫わずに済んだのに”って。とにかく彼女の性格を物語る前兆は後で考えれば幾つか思い当たります。

婆さんが南仏のバケーションから帰って来てから婆さんの軌道を逸した行動が段々とエスカレートしてきたのです。私がうっかりと使った彼女のハサミが所定の引き出しに入ってなかったとか書類が他の引き出しに入ってたと言ってはヒステリー状態になりだしたのです。挙句に私が借りていた倉庫から持って来た段ボール箱が家の中に置いてあると言って激しく文句を言いだす始末で、それを境に1日に長いメールが5通も彼女から届くようになりました。婆さんは82歳で娘から貰った古いアイフォンを両手で操作するのです(私が聞いて確認)。

ポストオフィスに行けば内容証明でメールと同じ内容の手紙が届くわ、12月8日の夜私がウェストハンプトンの陶芸家ご夫妻を訪ねて雨が吹き荒れる中やっと帰ったら何と正面玄関と勝手口の両方のドアに婆さんからの手紙がテープで貼られいるのです。そして翌日ポストオフィスに行ったらまた婆さんからの内容証明の手紙が届いているのです。私はもう這々の態で翌日12月9日に婆さんの家を出ました。とにかく理解不能の完全にヒッチコックの世界でした。

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 借りていた家 2013年