NY百花繚乱 - 付和雷同と烏合の衆

 

私は昔から群れることが嫌いで級友同士が固まって何かすることは大の苦手でした。”とにかく十把一絡げにしないでおくれよ”この精神ひと筋でひたすら邁進してきました。思想や主義主張、宗教などに属するのは己れ自身を持たない烏合の衆としか思えないのです。仲間で固まって慰め合うとか、喜び合う、絶対ダメなんです。だからフェースブックで繋がるなんてありえない、繋がりたくないんです。日本人が好きな国民的言葉が全国津々浦々で見られます、安らぎ、絆、ふれあい、おもてなし、とまだまだありますが今のところ出てくるのはこれだけですが、どうして他と繋がっていたいのか私には分かりません。みんなでもたれ合って生きてゆけば安心なんでしょうか。

とにかくジメジメした訳のわからん情緒と言うオブラートで包み込むのが大層好きな国民だと思います。そしてその言葉を口に出すとみんながまるで魔法にかかったかのように集団催眠にかかってその気になってしまうのが恐ろしい。私はビートルズ世代ですが周りで皆がわいわい騒ぐと冷ややかにそんな連中を肩越しに一瞥するだけでした。”群れるヤツはアホや”と言う確固たる信念にも似た偏見が私にはあるのです。誰にも邪魔されない私だけの時間は私にとって大変貴重な至福の時です。

”願わくは 花の下にて 春死なん きさらぎの 望月のころ” そんな西行法師のような贅沢は望んでおりません。

”散りぬべき時 知りてこそ 世の中の 花は花なれ 人は人なれ” そんな最後を迎えたいと節に願っているのですが......。