NY百花繚乱 - 自意識と自己顕示欲

 

思春期を迎える13歳ぐらいから私は自己との格闘で毎日毎日飽くことなく大学ノートに思いのタケを書きなぐっておりました。自分を守る為自分の周りに壁を築く作業に没頭してました。19歳の頃にデートしていた小学校の頃のクラスメートに最近会って聞いたらやはり”手出しは出来ない”と思ったそうです。高校生の時はソフトボール部やESS(英研)、テニス部も入りましたが元より私には協調性が無いので団体で何かすると言うのは不向きなのです。こちらに来てゴルフセットも購入しましたが打ちっ放しを数回行って諦めました。

若い頃はもう自意識が服を着て歩いてるようなもので突っ張って歩いてました。162cmと身長は高い方だったので当時流行っていた12cmぐらいの高さのヒールを履くと満員電車の中で私のアタマひとつ分が他の乗客より高くなるのです。そうすると後ろのオッサンの息がハ〜ハ〜とちょうど私の首に当たるので思いっきり背伸びしておりました。当時は装苑と言う服飾専門雑誌を取り寄せていたので母の知り合いが良く私の好みの服を作ってくれてました。ミニは流行れば早々とミニスカートをはき、ミディが流行れば颯爽とミディコートを羽織っておりました。

そんな私は会社の男性社員から必ず”遊んでいる女”として見られてました。”フン、それがどうした”、とばかり私は精一杯突っ張って自意識と自己顕示欲の塊で骨董の世界に入るまで頑なな女でした(今でもそうですが)。

私が1974年に初めて西海岸に旅行した時、私はSFのホテルシェラトンの前の通りでデジャブ〜の感覚を覚えました。以前に私はここに住んでいたような感覚です。でもよ〜く考えれば我々の子供の頃はアメリカのテレビ映画を浴びながら育ったのでそんな感覚を覚えるのは不思議でも何でも無いのです。1982年にNYに渡った時は最初は辛かったですが、私を私個人として真っ直ぐ有りのまま受け入れてくれるアメリカ人の人たちに涙が出るほど嬉しかったのです。もう突っ張らなくてもいいんだ、武装解除して壁を巡らせることなんかしなくていいんだと肩の力がす〜と抜ける思いでした。