NY百花繚乱 - 以心伝心と言葉

 

昨年私が日本に居る時に堺の産業会館で骨董蚤の市があり、私は知り合いの業者から大きな風呂敷包にいっぱい物を買い、他にも沢山買い物をしていたのでその風呂敷包みをすっかり忘れて帰ってしまいました。それで翌日業者のSさんの堺の自宅迄取りに行きました。その時にSさんといろいろ興味深い会話をしました。何でもSさんのご主人は日本人ですがハワイ育ちだそうです。そのご主人が日本の会社でいちばん困ったのが日本古来の綿々と続く以心伝心、惻隠の情が分からずそれには本当に苦労したそうです。言葉は喋れてもこの言葉の持つニュアンスなるものはやはりその土地で育たないとなかなか伝わりにくいものなのです。私も35年このNYに住んでいても微妙なニュアンスにはほぼお手上げです。だいたいこういうシチュエーションでこういう言葉を使ってはいけないとか言葉の持つ段階的な違いなんかは少しは分かってきてますが、それでも的確に表現するところまではとてもとても到達しておりません。映画を見ながら観客が大笑いしているのに自分だけ笑えないのはかなり情けないものです。私は30歳を過ぎてからNYに渡りましたので根っからの大和撫子であります(少なくとも本人はそう思ってます)。だからつい相手のアメリカ人も分かっているものと思って話しを進めていたらとんでも無い誤解を生むこともままあります。言葉は思い込みでは無く、相手がきちんと理解しているかどうか根気良く知っている限りのボキャブラリーを使ってひとつひとつ確認作業するぐらいでちょうどいいと私の経験則から断言できます。

28年ぐらい前にバーバラと言う友達がいました。サグハーバーにサマーハウスがあり、当時のハズバンドが東京に赴任した時に東京で3年間指圧を習いNYで指圧の治療をしてた方です。その彼女が私が会話の中でmeaningfulと言う形容詞を使ったら彼女が一般のアメリカ人はそんな言葉は使わないと言うのです。どうやらある程度の教育のある人間が使う言葉だというのです。だから私は英語の慣用句を含めた表現や俗語は余り手持ちカードとして持っておりません。割と皆が普段に使っているので私が使ったら日本人の年配の方から”はしたない”と注意されたこともあります。

テキサスに住んでいるKさんはもう50年以上アメリカに住んでおられます。アメリカ人のご主人も7−8年前に亡くなられて今は大きな家にひとりで住んでおられます。彼女が三月にNYのアジアンウィークに来られた時に私とよし子さんとKさん三人でカフェでコーヒーを飲んでおりました。Kさんの日本語はなかなかストーリーの核心に到達するまでかなりの忍耐が強いられます。”要するに”と言う言葉が接続語として頻繁に使われるのですがそれでもなかなか核心に辿り着かずイライラが募ります。そしてKさんがお手洗いに立ちました。すると東京の下町育ちのよし子さんは”あの人の日本語おかしいよ”と身も蓋もなくハッキリ言うのです。Kさんから電話がかかってきたらもう延々と”要するに”の連発で話しが迷路のようになって、アタマの血管切れそうになります。何故か彼女からのメールは英語なんです。私が日本語で送るのは問題無いらしいのですが日本語の変換が分からないと言うのです。それで私が彼女の家に滞在した時にこのボタンを押したら、ホラ日本語になったでしょうと言いましたがやっぱりまだ英語でメールがきます。それで何かの理由で私が英語で彼女にメールを送ったことがあったのです。そしたら彼女からの正直な返事がこうでした、私の英語が余りにも拙くて驚いたと言うのです。私はもうチイチイパッパで開き直っておりますからアメリカ人のように表現しようなんてハナから思っておりません。

ところがロバートが後で私に言うにはKさんの英語より私の英語の方がずっといい、と言うのです。Kさんは英語でも”要するに”を連発していたのかしら。