NY百花繚乱 - 時代と言葉

我々の世代には馴染みの深い青春や青年、これらの言葉はすでに死語になりつつあるような気がします。ちなみに青年と言う言葉は江戸時代に存在しなかったそうで明治期になって兵役の義務が生じてから出来上がった言葉だそうです。つまり江戸時代には若い人たちを賛美する言葉が存在しなかったのです。概念が存在しないところに言葉は生まれません。だから比較的新しい言葉だと言えます。さて、若人あるいは青年の年齢の定義は一体幾つぐらいなのかと私はかねがね疑問に思うのです。例えば刑事事件で未成年者が重大な犯罪を犯した場合18歳、19歳でも法的に”少年”と区分されます。19歳11ヶ月で人を殺めても”少年”です。ところが20歳になると法的に”大人”として氏名が公表され一人前の人間として裁判で裁かれ法の定めた裁決で服役する懲罰が与えられます。少年から急に大人に飛躍するのが何か納得出来ないのです。

昔の侍の家では男子は13歳か14歳で元服式を迎えて幼名から大人の名前が与えられた風習がありました。昔は男子も女子も15〜16歳で嫁取りや婿取りが普通に行われていたのは平均寿命が大変短かったので当然と言えば当然の習慣でした。

私は当節風潮の流行り言葉である”可愛い”が好きではありません。可愛いと言う表現は本来赤ん坊や幼子、小動物に対して使われる言葉であり限定された表現だと思います。男性が女性に”可愛い”と言うのはそこに対等では無い愛玩物を愛でるような気分が潜んでいると思うのです。女子中学生、女子高生、女子大生、彼らが卒業して大人の女性になってもどうして女子と呼ぶ風潮があるのかこれも私には理解出来ません。大人の女は一個の人格を尊重して”女性”と呼ばれるべきだと思います。

今の若人(やはりピンと来ないですね)、若い人たちはオギャーと生まれた時からファミコンで遊び、ウオッシュレットのトイレが備わり、男子学生も朝シャンして小綺麗にしてるのでまずニキビ面の学生を見るのは稀になりました。それと食べ物の変化で彼らの骨格も顔形も我々の時代と大きく様変わりしてます。身長も我々の時代より平均で10cmは伸びているのではないでしょうか。

テレビに度々出てくるタレント達の顔の幼さには毎回驚きます。少年の顔をしながらそのまま老いを迎えていくような気がするほどです。タレントが旅先を巡る番組なんか見てると地方の漁師やお百姓さんなど本当皆さんいい顔してるなあぁと感心します。

私は年齢、性別に関係無く”チャーミング”な人が大好きです。チャーミングの形容詞は動物には使いません。人間だけに使われる言葉だと思います。どうして”チャーミング”な人がもっと出てこないのだろうか、といつもそう思うのです。