NY百花繚乱 - リサイクル事情

リサイクルと言う言葉が使われだしたのは一体何時頃からか定かではありませんが私が子供の頃は酒屋の小僧が注文の度に空ビンを持って帰ってましたし”タマッテのオバちゃん”がリヤカーを引っ張りながらモンペをはいて”タマッテ〜、タマッテ〜”と呼び声を掛けながら往来を行き来してました。古新聞、古ギれ、など母が溜めておいてオバちゃんに声を掛けると分銅の付いた棒で目方を計り10円とか20円を貰ってました。

だから日本人にはリサイクル精神がすでに身に付いていると言えます。モノを粗末にしたらバチ当たるとか目がつぶれるとか言われて育ちました。昭和30年後半辺りからスーパーマーケットなるものが初めて出現してモノが豊富に出回るようになりましたがそれ以前、我々の子供の頃は遠足などに行く時は母が洋服を作ってくれてましたし、冬はそれぞれ母の手編みのセーターを着せられてました。ご飯は6人家族で母がいつも6合炊いてました。炊飯器が出現する前には鍋で炊いてました。夏になるとご飯が翌日にはもう糸が引いて臭くなるのですが、それを無理やり食べさせられました。”勿体無い”精神があの頃は金持ち、貧乏人を問わず日本人の精神にシッカと根付いていたと思います。1972年にヨーローッパを旅した時につくづく思ったことは日独伊同盟の戦争に負けた国々の倹しさでした。それに引き換え1974年に初めて私がアメリカ西海岸に雑誌”話の特集”主催で8日間滞在したLA, ラスベガス, SFの目を見張る豊かさよ。正に消費は美徳の世界でした。まず驚いたのはコーヒーを注文しても砂糖の袋が小山のようにテーブルに置いてあり、誰もポケットに失敬する輩はいないのです。お手洗いにはトイレットペーパーが必ず余分に置いてあり、手を拭く紙も備わってます。私には眩しいほどの贅沢に見えました。

何時頃からか詳しく知りませんがここNYも選別ゴミを条例で規定されたようですがこのゴミの選別と言うのがこちらでは満足な教育を受けられなかった人達には先ずもって出来ないのだそうです。環境問題の意識を持つと言うのはある程度のレベルの人でないと無理らしいです。しかしお金が絡んでくると問題は違ってきます。サグハーバーの私の家を訪れた日本からやって来た二人の友人は私が大きなスーパーで買い物をした時それぞれ感心してたのですが、こちらではスーパーの入り口か出口辺りに必ずペットボトルやビンのリサイクル場があり、それぞれコインランドリーの機械のように幾つも並んでおります。それにペットボトルやビールビン、あるいはアルミ缶を放り込むと5セントずつ加算されて終わったら緑のボタンを押すと25セントコインがザーと出てくる仕掛けになっているのです。私もずっと気が付かなかったのですが、ある日24本入りのペットボトルの水が2ドル99セントとあるのにレシートを見たら5ドル以上になっていたのでキャッシャーに文句を言いました。そしたら水を買った時に5セントを前払いさせられるシステムになっていたのです。それ以後私は必ず捨てないでまとめて持って行くようにしたのです。私はもうそれが当たり前のように思っていましたが、日本からやって来た友達はそれぞれがとてもいいシステムだと感心してました。

マンハッタンの往来の激しい道や地下鉄で物乞いをする人達に私はお金を恵みません。人に物乞いするぐらいなら空き缶集めろ、と思うのです。でも地下鉄の車両の中で急に演奏しだしたり、歌を歌ったり、いかにも哀れっぽく物乞いする人達に私は絶対にお金を恵みません。逃げ場が無いところでの迷惑行為は許せ無いからです。しかし、地下鉄ホームとか路上でのパフォーマンスに興が起これば必ず1ドル札を財布から出してヒラヒラと投げ入れます。人を楽しませるパフォーマーはたとえいっ時にせよ人を幸せな気分にしてくれますから。

f:id:NYhyakkaryoran:20170728003031j:plain

何時もトレーダーズジョーに買い物に行きます。安くて品物が良いので大量に買い込みます。レジもズラーっと30台が並んでます。