NY百花繚乱 - 庭園の美

私はこの三月の半ば1週間のJR周遊券グリーン車と言うのをNYを発つ前に買って北は函館から南は博多まで新幹線を乗り継いで旅行しました。グリーン車は生まれて初めて乗りました。そして ”選ばれし者の栄光と不安共に我にあり”、でも私には栄光しかありません。持てしモノ, 橋者の何たる贅沢な歓びと喜悦やおをたっぷり満足させて頂きました。もうグリーンカード保持者にはその特典が無くなるというので慌てて買ったのです。JRもやることみみっちぃ、しかしその為に大日本国に生まれし栄誉を捨て去りアメリカ市民権を取得する気などコレッぽっちも無いので致し方ありません。

東京を出て函館に行く途中平泉の中尊寺に行きました。我々関西人にとって東京から以北は荒エビスのおわす ”奥のまたその奥の細道”、謂わば外国みたいな感覚があるんです。車窓から眺める山の形の違いがまず興をそそります。中尊寺の奥羽藤原氏の金ピカの金色堂は期待したほどではありませんでしたが、拝観料を払った右手の建物の中に収められていた平安末期の仏像群は大変興味深かったです。まず仏さまのお顔が違うのです。京都や奈良で今まで見慣れてきた仏様のお顔と違っていたのです。これはとても意外でした。言葉で表現するのは大層難しいのですが、簡単に言えば ”簡素にして崇高” 精神性の高さが伝わってくるという感じ。京都や奈良は都人が住まいしており天皇はじめ宮廷文化が花開いていた時代です。その時代背景の違いが伝わってくるのです。私には金ピカよりこちらの仏様達の方がずっと魅力的でした。とにかく時間が1時間半しかないので行きたかった 毛越寺も諦めタクシーを呼んで平泉の駅まで行くことにしました。するとタクシーの運転手さんが充分時間がありますよ、毛越寺から平泉の駅まで徒歩で7分です、とおっしゃるので早速毛越寺の前で降ろして貰いました。平安期の庭園は広々して素晴らしかったです。平安期に栄えた奥羽藤原氏の栄華は金色堂が物語っておりますが、またその精神はこの美しい平安期の庭園と平安末期の仏像群が語っているかのようでした。かくして私の平泉滞在時間1時間半は誠に有意義となりました。

函館の湯の川温泉で一泊し、翌朝は五稜郭の展望台に登りました。この目で全体像を眺めるとかなりの迫力です。江戸末期と明治初年に渡る函館の歴史を興味深く資料を読みながら昼前の新幹線で函館を後に東京に戻りました。

翌朝は北陸新幹線で金沢へ、香林坊のホテルに宿を取りさっそく荷物を置いて兼六公園に行くことにしました。途中左側に何やら由緒ありげな立派な金沢四高の建造物が見えてきます。私はその佇まいに惹かれて中へ入りました。往事の空気がまだここかしこに漂っているかのようでまるで時間がそこで止まったかのようです。誰もいません。私はここで青春期を過ごしたバンカラ学生達の高らかに鳴る高下駄が聞こえてきそうな気がして記念の展示物に見入っておりました。

兼六公園の庭園は毛越寺を見た後ではもう全く興味がありませんでした。英語の言葉でmanicureと言う言葉があります、そう最近日本でも老いも若きも女性のおテテがネイルされてるアレです。お手入れされ過ぎてもう全く面白く無いんです。チマチマと重箱の隅をまるで突っ突くかのように自然を人間の手で捏ねくり回したらあのようになるんだと思いました。日本庭園の基礎が出来始めたのは室町期で、茶の湯もその頃です。権力者が台頭し出すと権力者の為に様々な新たな文化が育まれます。日本人は特に手が器用なので細かい仕事には打って付けです。強大な権力者が存在したからこそ文化、芸能、建築と全てが栄えます。

しかし私は平泉で見た平安期の庭園に吹いていた風が無性に懐かしい、いにしえ人が素朴に憧れた遥かなる極楽浄土が無性に懐かしい。