NY百花繚乱 - アイデンティティーの問題

異国に35年も暮らしているとアイデンティティーの問題にどうしても直面します。1984年より30年以上冬の期間はずっと日本で暮らして来ましたので両方の文化の比較を興味深く眺めてきました。アイデンティティーが無いのはデラシネ、つまり根無し草と言うことです。アグネスチャン(エセ文化人)が子連れ留学してからアホウ共がそれを真似する現象が現れ、果ては芸能人がNYで子供を産んだらまたそれを真似るアホウ共が続々と続く、誠に嘆かわしい現象と言わざるを得ません。親のミエで子供は被害者だと言うことをどうして理解出来無いのか、と私は不思議でなりません。子供と言えども人格があり、それを尊重することこそ親の務めだと私は子供を持ったことありませんが心底そう思うのです。親のエゴを絶対子供に押し付けてはいけないのです。私の両親は幼い頃に両方ともふた親を亡くしていましたので肉親の情がとても薄かったのです。結果放任主義ではありませんでしたがお互い親としての義務だけは最低限果たす、と言う環境で私は育ちました。母親は4人の子供を育てながら習い事を常にしており、父親は石橋を叩いて結局渡らないような石部金吉を絵に描いたような男でした。反抗期の時は父親に随分反発しましたが父が亡くなった後で初めて父の偉大さに気付かされました。愛情でがんじがらめにされなかったことをどれだけ有難いと思ったことかと。日本人は本来単一民族なので改めてアイデンティティーの問題を考える機会がありません。だからこれは絶対と言ってよいほど想像出来無い、無理なんです。日本には世界に類を見無い天皇制があります。これはどういうことかと言うと綿々と日本人のバックボーンを支えてきた精神的支柱,言わばやおよろずの神々が我々の体内に脈々と受け継がれているのです。これがつまりアイデンティティーなんです。アメリカ合衆国が成立したのはたかだか400年ほどの歴史であってそれもヨーロッパから逃れて来た移民の国です。彼らのバックボーンはキリスト教、それも旧約聖書、新約聖書から分裂したバラバラの民が逃れてきて建国したのがこのアメリカ合衆国です。価値観がなかなか確立出来無いからこそ、そこに自由も不自由さも当然出て参ります。価値観が流動的だからこそ成功する可能性、チャンスもあるのです。

アイデンティティーは自己確立と表裏一体です。親が子供に出来る唯一のことは自己確立の手助けをしてあげる、あるいは何もしないでそっと見守る、これが私が言いたかったポイントなのです。アイデンティティーを持たない人はただ彷徨うだけか、あるいは国籍不明の人生で終わります。自分の子供が彷徨うだけの人生を親がどうして望むのでしょうか。自由にもっと自由に生きる術を親が与えてあげる、勉強なんかしてる場合ではありません。アタマの良し悪しはドングリの背比べであまり大差がありません。生き抜く体力を子供に与える、地べたを這ってでも生き抜くチカラ、これがいちばん大事なんです。

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