NY百花繚乱 - バブル期の頃

あのハンガリア狂詩曲がまさに狂ったように数年間止まることなく奏で続いたのは何だったのでしょうか。江戸時代に”おかげ参り”が大流行し大衆が忽然と姿を消しておかげ参りの集団に入ってまるで狂ったよう踊る現象があったそうです。それと似た現象なのでしょうか。私は時代の到来を予知してNYUの不動産ライセンスを取るためにクラスを申し込み無事ライセンスを取りました。サイドビジネスのつもりで始めたのですがあのバブルの頃はホント凄まじかったです。家田荘子氏が”イエローキャブ”を書いた頃です。私は読んでいないので内容は知りませんが、日本人の若い子の評判は確かに悪かったです。不動産の仕事を少しやった経験があるので私もこの目でビックリするような場面を何回か遭遇しました。”まぁ、よくやるなぁ”と感心したぐらいですから、いちいち例を挙げているとキリが無いほどです。それとその80年代後半から90年代前半にかけてエイズで亡くなる方が本当に沢山おられました。私が知っているだけでも5人ぐらい思い浮かびます。私は不動産屋エージェントの仕事に嫌気がさして30丁目のアパートから歩いて5分ぐらいの距離にあるオーソドックスジューの人が経営するレンタル家具屋でパートとして働くことにしました。その頃日系企業や銀行を軒並み洗い出す仕事をしていたのですが日本全国津々浦々名前も聞いたことも無い地方銀行もこぞってこのNYにオフィスを構えておりました。海外赴任してきた駐在員の数は一体全部でどれくらいこのNYにいたのか定かでありません。あの頃昭和から平成の端境期は本当にわんさかと日本から団体でやって来てNYの不動産物件を買い漁りに来た人たちは、まるで全員が阿波踊りに狂い廻っていたかのような印象が今でも私の心象風景に残っています。

エライやっちゃ、エライやっちゃ、ホイホイホイホイ、阿波踊りにはしゃぎ回る人たちの泡沫の泡を眺めて私は自分の本業のビジネスに本腰を入れることに決心しました。

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ビレッジで見かけたビンテージのイエローキャブ