NY百花繚乱 - 39歳の男

私はこれまで3回恋に落ちました。最初は20代後半、二度目は30代前半、三度目は40代前半で出会った瞬間もう火花が散ったと言うか私からの一方的な一目惚れでした。地動説の火山が三度噴火してガタンと動いたのです。最初の彼は当時ゴッドファーザーで見た若き日のアル、パッチーノそっくり。二度目の彼も映画俳優に(顔は出てくるが名前は出て来ない)瓜二つ、三度目の彼は目元がジョージ、クルーニーに良く似ていてもう少し全体に線を細くした感じでしょうか。三人の男性これが偶然皆39歳でした。後で思うに39歳の男の年齢と言うのはもう壮年期なんですがまだ青年期の残照が仄かに垣間見える、そこに私が魅力を感じたのではないと思われます。とにかく地軸が動いたのですからもう止められません。アル、パッチーノの彼とは短い時間でしたがずっと私を忘れず十数年も手紙を送ってくれてました。私がアメリカに渡った後も彼から手紙が届いておりました。二度目の彼とはあまり良い思い出がありませんが私が噴火したのは事実です。三度目のジョージ、クルーニーの彼とも1年も経たないで別れる結果となってしまいましたが、困ったことに私は未だに彼の面影、彼のあの深くて私の心をいつも震わせた声を忘れられずにいるんです。去年私がメールをした時に電話が彼からかかって来たのですが私は見知らぬ番号だったので出なかったのです。それは彼からの電話でした。何回も何回も繰り返し彼のアンサリングマシーンに残った彼の声を聞いて私は涙ぐんでおりました。彼の声は27年前私たちが確かに共有した頃の声でした。

ジョージ、クルーニーの彼からプロポーズされた頃が仕合わせの絶頂期でした。彼が私の両親に会いに日本にやってきました。父も脳梗塞で車椅子の生活で言葉も不自由でしたが状況は理解していたと思います。彼の出現で私がいちばん驚いたのは私に恋人が出来たことを親しくしていた男友達に告げると全く別々の二人が全く同じ反応を見せたのです。方や独身の女好き、方や子供は居ないけどワイフ持ち、どちらもオモチャを急に取り上げられたかのような拗ねた小さな男の子のような態度になったのです。本人も気がついていないと思いますが私は非常に面白い現象だと興味深く眺めておりました。それと私の女友達が嫉妬からなのか急にお説教をするようになったり、私が冬の間日本に帰っていたら、その間に私の彼と食事をしたとわざわざと告げに来たりした友達もいました。私にはちょっと考えられないことなので人間って案外単純なもんなんだ、と思いました。彼の周りを取り囲んで私の母の声も裏返ってましたし、妹はしきりに瞬きを繰り返すし、母に至ってはとうとう彼に歌まで披露して歌い出す始末でビックリしました。彼と和歌山の白浜、椿温泉に列車で行きました。東京では千鳥ヶ淵を夜一緒に桜を眺めながら歩きました。

彼が私の店に入ってきたのは1990年の秋も深まったころでした。私は一目でぼ〜となり彼の話す仕草や声のトーンに我を忘れ全身これ恋色に染め上げられたかのような心地でした。初めてのデートは12月14日、68丁目パークアヴェニューのArmoryで開催されたアンティークショーに一緒に行く約束をしました。階段の上で私を待っていた彼は濃紺のコートに身を包みほっそりとしたシルエットが今も私の瞼に残っております。彼のお母さんはアクトレスでセントルイス出身、祖父はセントルイスの最高裁のジャッジだったそうです。お父さんの方はスウェーデン出身で彼が子供の頃はナニーに育てられて両親は週末になるといつもパーティをしていたそうです。彼のお父さんが私たちを食事に招待してくれました。場所はMadeston Golf Clubのクラブハウスのレストランでした。イーストハンプトンのオーシャンを背景にしたゴルフクラブでゴルフに詳しい知り合いに聞くと全米でも指折の権威あるゴルフクラブで入会するには会員の誰かが亡くなるかして空きが出ないとなれないほど有名なんだそうです。そして今はどうか知りませんがジューイッシュの人たちも入会出来ないんだそうです。Further Laneと呼ばれるオーシャンに近いその通りにはハリウッドの連中も何人か家を持ち、私のお客さんもその通りに広大な敷地に邸宅を構えておりました。彼のお父さんはその通りのいちばん東の角にサマーハウスを持っていました。ベッドルームが5つか6つあったと思いますがその家で泊まった時近所からパーティのざわめきが夜更けまで聞こえてきたのを昨日のように思い出します。

ちょうど夏の終わりを告げるレイバーディの頃、私達の関係も終わりました。彼のお父さんがサマーハウスを売ることになり、ムービングセールと呼ばれる前日に私は呼ばれてお父さんから何でも好きなモノを持って行きなさい、と言われましたが私は何も欲しくなかったので手ぶらで帰りました。そして彼のブロンクスビルのアパートに置いていた私の荷物を引き取りに行った時、私は彼から貰った真珠のネックレスにひとことだけメモを残して彼から去りました ”次の彼女にあげてくれ” って。

 

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昨年彼の芝居China Dollを見に行く、雨が降りしきり周りは背の高い群衆の中この一枚を撮るのは大変だった、やっと42年振りの再会果たす。

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