NY百花繚乱 - よし子さんの憂い

私がよし子さんに出会ったのは何時かはっきり思い出せません。彼女が1983年にGallary 91をSOHOにオープンした時私はまだサグハーバーにおりましたので彼女のギャラリーに行ったのは84年頃だったかと思います。彼女のことはその頃の日系新聞OCSで名前を目にすることがありましたが個人的に親しくなったのは25年ぐらい前からだと思います。もうその頃からすでによし子さんは憂いておられましたので相当年季の入った”憂い”であることは確かです。彼女はNYのジャービッツセンターで開催される冬と夏の年二回のギフトショーにもうかれこれ25年以上大きなブースを確保してアクセントジャパンと称して日本の優れたプロダクトデザインなどを全米のミュージアムショップ等に紹介し続けておられる方です。彼女のギャラリーから次々と若いアーティストが巣立って行き今では有名になっているアーティストも一人や二人だけでありません。まだNYにプロダクトデザインのギャラリーが無かった頃で彼女がその道の先駆者的存在であることは確かです。NYに渡る前は、日本でまだ”インテリアデザイン”と言う言葉もコンセプトも無かった時代から彼女はオフィスを東京に持ってその仕事をしていたと言うのですからその先見の妙に驚きます。

とにかくよし子さんほどこのNYのアート世界で多くの人脈を持っている日本人は他にいないのではないかと私は思います。よし子さんの”憂い”とはこのNYのアート事情を全く理解しないで日本の感覚そのものをこちらに持ち込もうとする人たちです。

特に政府系関連に勤める人たちは3年ぐらい経つと日本に帰ってしまうので新しい人が赴任してもNYの事情がさっぱり分かりません。政府系関連ですから国から予算を貰っております。お役所仕事ですからその予算を使わないと翌年の予算を貰えません。結果どうなるかと言うとまったくの”税金の無駄遣い”、それも多少の良い結果をもたらすのであればよし子さんの”憂い”も軽減されるのですが、ミュージアムの一角を何千ドルも出して借り日本向けの演出に関係者だけシャンシャン手を打って終わり。これではいちばん下っ端のキューレーターの見習いにもバカにされてるんだそうですが政府系関連の人たちはそれがお仕事なのです。よし子さんはそういうのを見る度にカリカリと憂いはますます深まってゆくのです。

NYこのマンハッタンは確かに世界の桧舞台です。アメリカ人のダンサーやアクター、アクトレス、アーティスト、ミュージシャン皆が血の滲むような練習と努力をしてスポットライトを浴びられるのはほんの一握りです。ここでは芸術でも人間でも超一流の人たちが集まります。日本からカーネギーホールを目指してこられる方も沢山おられますが私が今まで見たところその殆どが”NYのカーネギーホールでやりました”と言う既成事実を日本向けに発信する、この一語に尽きるように思えます。

一体何時になったらアメリカ人が義理でなく彼らのお金を払って観に来てくれる日が来るのでしょうか。

 

f:id:NYhyakkaryoran:20170725071858j:plainよし子さんと今年の Honorable Guest 二人のうちのひとりのArtist Cai Guo-Qiang氏、よし子さんは彼と以前一緒に仕事をしたことあるそうで実に顔の広いお方です。

f:id:NYhyakkaryoran:20170725071949j:plain

7月22日 Gala Party は盛大に開かれました。とっても楽しいパーティでした。私は白麻の長襦袢の上からド派手なカラーの長襦袢をまとい出陣したのですが宇香さんの奥さんの秀子さんから会うなり”イヨッ、西郷どん”と言われました。遊女のつもりが西郷どんとは、嗚呼......