NY百花繚乱 - 想い出の人々 Sara Penn

 

セラペンとの最初の出会いは81年NYでシンシアが彼女とアポを取っていた時です。SOHOのスプリングストリートを歩いた時思わずアッと声が出そうになりました。中学時代にクラスメートと見たあのウェストサイドストーリーの印象的なシーンがまさに眼前に広がっていたのです。あのトニーが恋人マリアの名を呼んで非常階段でTonight歌い出すあの名場面が、トニーが今にも出てきそうな錯覚を覚えたほどです。

してシンシアが幾ら呼び鈴を押しても応答が無くそうこうするうちに上の方から声が落ちてきたので上を見上げると三階辺りから我々を見下ろしている人がいました。その人がセラでした。私達はやっと大きなロフトに通されましたがそこは彼女の仕事場のようでテキスタイルのコレクションが乱雑に積み上げられていて彼女はそこでミシンがけの最中のような雰囲気でした。私はシンシアとセラの会話は理解出来ませんでしたがセラの悲しそうな表情が後々迄ずっと心に残っていました。後でシンシアの説明によるとシンシアが1976年にNYを訪れた時セラはSOHOに二つのお店を持っていてそこで見た日本の竹籠の美しさに魅せられてシンシアは日本のモノを扱うようになったと言うのです。その頃のセラは美しくまるでモデルのような華やかさだったと言います。しかし私達が会った時のセラはハズバンドと別れ店も手離した後であの頃がいちばん彼女の辛い境遇だったかと思われます。

そして時が流れ彼女と再会したのは私が1989年にSOHOのPrince StreetでNew Shipment Showをしていた時でした。ひとりのアメリカンアフリカンの女性が入り口から真っ直ぐに入って来て正面に飾ってあったアイヌの衣装をじっと眺めているのです。私は彼女の迷いの無いその行動に興味を持ち眺めているうちにパッと閃いたのです。Are you Sara Penn? やはり彼女でした。私は彼女との再会に思わず涙が溢れ出るほど感激し言葉が出ませんでした。

NYで最初の出会いの後、私はいろんな人から彼女のことを聞きました。彼女を知る人はもう今では多くはありませんが当時の彼女は有名人で雑誌の表紙を飾ったこともあったそうです。当時のエスニックムーブメントの旋風を起こした人がまさにセラだったのです。セラのことを語る人たちは皆一様に優しい表情になり本当に彼女を懐かしむのです。セラがまだ生きているかどうか分かりません。私が最後に会ったのは私がおそらく2013年の最後のArts of Pasific Asia Showの時だったかもしれません。私は1996年から最後迄このShowに出ていましたので何時も彼女に招待チケットを送っていて何時も彼女は見に来てくれてました。セラとの想い出は本当に沢山あります。時には彼女が話る彼女の若かった頃の話しなど、それはNYがいちばん輝いていた時代だと思います。私がNYに渡ったのはちょうどエイズが騒がれ始めた頃だったので昔を語る人達から往時を偲ぶばかりです。

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Sara  PennとMrs. Tada、  私が運転する車で Rhode Island School of Art and Design Musuemで開催された日本の型紙展を一緒に見にいく,1998年晩秋