NY百花繚乱 - 想い出の人々 Martin & Randy

私が最初に店を借りた大家のマーティンとランディのカップルのランディは一昨年亡くなったと聞きましたのでもう二人ともこの世にいません。マーティンは生粋のブルックリン生まれで富裕なJewishの家庭で育ったと思われます。スイスのボーディングスクールで教育を受けたと聞きました。時おり彼が私に語ってくれた記憶の断片を拾い集めて彼のことを想い起こしております。おそらく戦前の頃かと思われますが彼の叔父さんが一時あのカーネギーホールを所有していたことがあるとかで、かなりのお金持ちの家に育ったのだなぁとその時思いました。カリブ海に浮かぶセントトーマス島にもサマーハウスを持っていたそうです。ランディはもっぱら料理をしたりとワイフ役でとっても陽気な人でした。母が初めてサグハーバーを訪ねた時はまだマーティンも元気で私の母を着物スタイルで歓迎してくれました。あの頃週末になると二人で車で来て日曜日の朝マーティンはよくクラッシック音楽を聴きながらバックヤードの草花に挟みを入れる音が聞こえてきたものでした。不動産のデベロッパーを生業にしていたマーティンはブルックリンのグランドアーミープラザ駅のすぐ側にあるノッポビルディングのペントハウスに住んでおりました。私は4−5回訪ねたことがありますが360度見晴らせる素晴らしい眺望です。そんなマーティンがルーゲリックディディーズと診断されたのです。夏頃、私はお見舞いに行く積りで一緒に行きたいと言う知り合いにお花の注文を頼みました。私は他の用事が出来てお花を買いに行く時間が無かったので仕方なく日本人の彼女に頼んだのです。私はどんなお花を買って欲しいかと伝えた筈でしたが彼女が手にしていたのは私がいちばん嫌いなコサージュでした。それを見た時私はとても情けない思いがしたのを今でも覚えております。病気がすでに進行してマーティンの左手が腫れており、私は彼の手をそっと取って撫でることしか出来ませんでした。マーティンが亡くなったのはその年のサンクスギビングの数日前で彼の一族が眠るパインローンの墓地に埋葬されました。墓地はたか子さんが眠る墓地と近いので近々マーティンにも会いに行くつもりです。

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大家のMatin Glickman氏  バックヤードの庭は何時も紋白蝶が飛び交ってました。

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この小さな蔦で絡まった家は1600年代に建てられたそうです。家自体は何時の時代か分かりませんがここに移築されたそうです。この家に住んでいたジョンとパートナーのヤギみたいなおじさんももうこの世にいません。ヤギみたいなおじさんは何時もジョンのアンティークのお店に静かに佇んでました。いちどそのおじさんと話したことがあります。おじさんは若き日のアンディー、ウォホールのことを良く知っていて静かに話してくれました。リキティンシュタインやジャクソン、ポラックやウィリアム、デクーニンなどの画家達がまだどこかに住んでいそうな気がしました。この家はちょうど私が借りていた店の裏側にあり私がとても気に入っていた家でしたが今年の7月に見に行ったら新しいオーナーがすっかり改築してしまい風情も何も無い家に変わってしまってました。この写真をファイルから見つけた時はとても嬉しかったです。